ドレス効果を履き違える受け子たち

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会社でドレスコードが撤廃されてから早一年。着ていく服やコーデに頭を悩ませる毎日だ。ドレスコードが撤廃されてもなお、スーツをかっちり貫く上司もいれば、私服でゆったり仕事をこなす同僚も多い。そんな中、私は独特のサイクルを貫いている。月・火はスーツ出勤、水・木・金は私服出勤というサイクルである。

ファッションを楽しむ過程で、ある〝気づき〟を得たのだ。その日何を着るかによって、着る人の心理は大きく左右されるという事実に。

会社員である自分はスーツを着ると、やっぱり気分が変わる。月・火は会社員にとっては鬼門。一週間の始まりで蹴躓 (けつまず) いてしまうことは避けたい。スーツでバシッと決めてその週の始まりの仕事を卒なくこなすのだ。ノー残業デーの水曜日から花の金曜日までは仕事も然 (さ) ることながらプライベートも充実させたい。会社帰りにふらふらと映画に行ったり飲みに行ったりと気軽に出歩け、夜の街に溶け込める私服の心地良さが堪 (たま) らない。

人は着る服によって心理状態を左右される──。心理学の用語で「ドレス (制服) 効果」というそうだ。ドレス効果は何もサラリーマンやOLだけに限定されたものではない。警察官や消防士などはこのドレス効果の恩恵を受ける職業の典型である。自己暗示がかかることで私服の時より遥かに勇敢に振る舞えるとされる。

さらに、ドレス効果は自己に対する影響ばかりでなく、他者に及ぼす影響もわかっている。

ウェーバー州立大学の研究者であるブラッド・ブッシュマン氏が行った実験にヒントがある。

街なかで無作為抽出した150人に対して「あそこでお金が足りずに困っている人がいるのですが、僕は今持ち合わせがありません。一ドルだけでも恵んであげてくれませんか」と道行く人に声をかける。彼はその際、意図的に三つの服装を使い分けて声を掛けた。

 

1. 消防士の服装

2. スーツ姿

3. カジュアルな服装

 

実験結果は皆の予想通りだと思う。消防士の服装が一番願いを聞き届けてもらえたのだ。承諾を得られた確率順に以下の通り。

 

1. 消防士の服装:82%

2. スーツ姿:50%

3. カジュアルな服装:44%

消防士のような権威性をまとった服装に、実は人の選択や決断は大きく左右されるのだ。

ある意味でそれを逆手に取っているのが、オレオレ詐欺かもしれない。オレオレ詐欺はオーナー、箱長 (はこちょう)、掛け子、受け子といったかたちでピラミッド型組織をなしているが、「受け子」はそのピラミッド型組織の最下層。現金やキャッシュカードを被害者から直接受け取る役割を担うがゆえに彼らは「受け子」と呼ばれる。「受け子」と呼ばれる人物の服装はたいていがスーツ姿である。ドレス効果を狙った戦略だろう。一寸先は闇、何が本物で何が嘘であるかわからぬ時代だが、取り締まる警察官も本気だ。オレオレ詐欺の被害が年々増加する中、警視庁は受け子を受け子だと見破る方法を公開している。スーツの姿が身体のサイズと合っていない、スーツにスニーカー、あるいはスニーカーソックスという不自然な組み合わせ、極めつけはネクタイが結べていない。受け子が掛け子に飛躍できず、受け子にしか留まりえないヤクザな組織の悲哀が、その崩れた〝ドレスコード〟に垣間見える。(了)

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