戦争行為の開始後または宣戦布告の効力が生じたる後、一〇時間以内に次の処置をとるべきこと。

きょうのことば

戦争行為の開始後または宣戦布告の効力が生じたる後、一〇時間以内に次の処置をとるべきこと。即ち下の各項に該当する者を最下級の兵卒として招集し、できるだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実践に従わしむべし。


一.国家の元首。但 (ただ) し君主たると大統領たるとを問わず、尤も男子たること。
二.国家の元首の男性の親族にして十六歳に達せる者。
三.総理大臣、及び国務大臣、並びに次官。
四.国民によって選出されたる立法部の男性代議士。但し、戦争に反対の投票を為したる者は之を除く。
五.キリスト教又は他の寺院の僧正、管長、その他の高僧にして公然と戦争に反対せざりし者。

上記の有資格者は、戦争継続中、兵卒として招集さるべきものにして、本人の年齢、健康状態等を斟酌すべからず。但し健康状態については招集後軍医官の検査を受けしむべし。
以上に加えて、上記の有資格者の妻、娘、姉妹等は、戦争継続中、看護婦又は使役婦として招集し、最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし。

──長谷川如是閑長谷川如是閑集 第二巻』より

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「きょうのことば」は第一次世界大戦後、デンマークの陸軍大将フリッツ・ホルムによって起草された「戦争絶滅受合法案」から。彼はこの「戦争絶滅受合法案」を各国要人に送付し、この法案を成立させなさい、さすれば世界から戦争がなくなる、それを受け合う (保証する) に足る法案である、と説きました。この文章は、1929年、ジャーナリスト・長谷川如是閑の手によって創刊された雑誌『我等』の巻頭言にて翻訳の形で発表され、読者の相知るところとなりました。
 以前、このブログで菊竹六鼓を取り上げたこともありますが、同時代人の長谷川如是閑もまた、紛 (まご) うことなく批判的知性あふれるジャーナリストでした。彼は元々は大阪朝日新聞の一記者でしたが、「白虹事件」の筆禍 (ひっか) を被り、退社。この事件を期に、統治権力に介入された大阪朝日新聞は退潮の一途をたどるわけですが、一方で朝日を抜け出た如是閑はフリージャーナリストに転身し、八面六臂 (はちめんろっぴ) の活躍を見せます。「白虹事件」については”報道の自由”との絡みでも大変重要な事件なので、後日に紙幅を割くこととします。
 ここのところ、戦前から戦中にかけて精力的に調べ物をしています。白虹事件に代表されるような事件を知るにつけ「あぁ、ここが分水嶺 (ぶんすいれい) であったのに!」「あぁ、ここが転轍 (てんてつ) 点であったのに!」「あぁ、ここが歴史的瞬間であったのに!」と、テクストの向こう側にあるあの時代に対して、溜め息混じりに思うのです。同時に、漠然としてあてのない闇雲な時代に思えるこの政治状況を、ハイビームで照射するが如く、過去の歴史は照らしてくれるようにも感じているのです。
 去る五月一四日、安倍政権によって、その内実に論理矛盾を抱えた安全保障法制関連法案が閣議決定されました。曰く、アメリカが「平和のために」と称した戦争には、地球の果てまで「後方支援」のため自衛隊を海外派兵するという代物です。「平和のため」と称した戦争へ参加せよ、 “Boots On the Ground!” とアメリカ政府からの協力要請があった際に断りきれない。なぜなら「断る」という決断そのものが、日米同盟関係に亀裂が入ると解釈するため、参戦せざるを得なくなる。外交のフリーハンドを自ら手放すかのような法案です。その内実に論理矛盾を孕 (はら) むと書きましたが、つまりこういうことです。集団的自衛権の行使要件とする「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき」の該当根拠の最重要事項の一つとして「日米同盟の信頼が著しく傷付きその抑止力が大きく損なわれ得る」ことを挙げています。政府からすれば、アメリカの協力要請を断ることこそが、日米同盟の信頼を著しく毀損させると解釈するので、断る権利をおよそ有していない。集団的自衛権の行使は極めて限定的になる、と彼らは吹聴しますが、論理矛盾も甚だしいではありませんか。
 問いたいのです。過去に「平和のために」と称さなかった戦争があるのか、と。「後方支援」なる言葉は本当に微温的な概念なのか、と。後方支援は普通に考えれば、兵站 (へいたん) Military Logistics です。今回の法整備は基地間の輸送も担えることになるので、兵站線を行き来することになります。知っての通り、兵站は戦時においてはただちに殲滅すべき存在であります。また最前線は制圧地域の拡大を目論むため、最前線であったところは瞬く間に「後方」となり、際限なく「後方」が広がっていくのが戦争の常です。
 いずれ戦争を命ずることになるであろう為政者たちの言葉遣いは、日に日に勇ましさを増していきます。断固蹶然 (けつぜん) のオンパレード。慨世 (がいせい) の士か、はたまた憂国の士を自認しているのか知りませんが、「お国のために」というのならば、どうぞご勝手に、ということです。それこそ「きょうのことば」を地で行くべきではないですか。彼らは人の生き死にに対してまるで無頓着に思えます。せいぜいが、功績顕著な戦死者に対して二階級特進でもさせて哀悼の意を表するぐらいでしょう。あるいはその事実を梃子に戦線拡大を図るのか、靖国神社 (War Shrine) 参拝を正当化するのか。


 安保法制が閣議決定された以上、これからは国会審議に移行します。霞ヶ関の官僚として働く皆さんのワークライフバランスを著しく損ねる国会審議の慣行に「質問取り」と呼ばれる仕事があります。国会審議で質問に立つ議員から事前に内容を聴取し、首相以下閣僚らが行う答弁準備のための欠かせない作業です。質問に立つ議員は「質問通告」を政府にしなければなりませんが、これが審議前夜になることもしばしば。質問に応じて資料を揃え、想定問答集を作るなど、いわば国会審議を円滑に進めるための慣行ではありますが、今回の安保法制に関しては徹底的に審議を尽くさねばなりません。審議を尽くして、この法案を満天下に知らしめることが急務です。今夏は折しも「ゆう活」を敢行しているところ恐縮ですが、官僚の皆さんには寝ずの番ならぬ、寝ずの質問取りをお願いしたく思います。野党の先生方も是非、舌鋒鋭く質問に立って頂きたく思います。