子どもの悩みに真剣に悩む大人がいるということ

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2016年4月より放送が始まったTBSラジオの月曜日から木曜日の帯番組『伊集院光とらじおと』は私の大のお気に入り。放送開始以来、一度たりとて聞き逃さなかった番組であり、私にとって日々を生きる糧 (かて) となっている番組だ。いよいよ今週、放送から1000回を迎える。

ただ、日々の生活サイクルの都合上、オンタイムで聴けることは少なくタイムシフトで一週間遅れで聴くことがほとんどで、たまに録音もしている。新年一発目の1月4日の放送分をようやく聴くことができた。

今回は、新年特別企画として番組の一コーナー「全国こども電話相談室」にパーソナリティ・伊集院光が〝相談相手のお兄さん〟として立ち振る舞う特別編成。「全国こども電話相談室」は1964年から2008年まで約半世紀にわたって続いた番組。子どもの素朴な疑問や相談に大人たちが真剣に悩み、真摯 (しんし) に向き合ってきた。

実は、今回の放送で東京都江戸川区に住むみおりちゃん(7)からの投稿に図らずも涙してしまった。

みおりちゃんの相談は「いつもパパやママを怒らせてしまいます。どうしたらパパやママを怒らせないで一日を過ごすことができますか?」という質問。

みおりちゃんはどんなことで怒られるのか。例えば夜8時に寝ないといけないのに、まだ歯磨きをしていないことでパパやママに怒られたり、夜も遅いのに本を読んで欲しいと駄々をこねてしまうことで怒られてしまうという。

伊集院は丁寧に彼女の気持ちを引き出す。「みおりちゃんは怒られてしまうとどんな気持ちになるのかな」と問うと、「またパパとママを怒らせてしまったなぁという気持ちになる」という。

伊集院はこれに対して「怒られたときにこんな気持ちになることを両親に正直に打ち明けるべき。口に出すのが恥ずかしかったり言い出せなければパパとママにもお手紙を書いてみよう」と。

考えてみれば、家族は社会の最小単位であり、お父さんとお母さんの双方に抱いた悩みや、近すぎるがゆえに声にしづらい違和は、思春期であれば面と向かって言い争うこともできるが、みおりちゃんの年頃であれば、いったい誰に打ち明けたらいいのかわからない。

今回、こんな気持ちに悩んでいることを番組に相談してみようと思ったのは、みおりちゃんがおばあちゃんの家に泊まったときにラジオでこのコーナーを知ったことがきっかけだ。おばあちゃんから「書いてみたら」とアドバイスを受けたという。

みおりちゃんが怒られたときに「またパパとママを怒らせてしまったなぁという気持ちになる」という回答は、いっけん同義反復のように思えてしまうが、両親を大切に思う気持ちが滲 (にじ) み出て、本当に心根 (こころね) が優しく、このみおりちゃんの健気 (けなげ) な心持ちだけで胸いっぱいになる。けれども、本当はここが肝要なのだ。

ここを間違ってしまうと、本来あるべき家族像から少し道を踏み外してしまう可能性だってあると思う。ここを乗り越えなければ、大人になっても、両親にただただ従属的で卑屈な態度になってしまい、ひいては、両親をいかに怒らせずに過ごせるかということそれ自体が目的化してしまい、親の言うがままに振る舞うことを習い性としてしまう。さらには「毒親」という歪んだ依存関係を生むことさえある。

みおりちゃんを取り巻く環境はけれどもこれまた心優しいお兄ちゃんに救われている。ある日、遅刻しそうになのに支度ができてなくて怒られたことがあった。けれどもお兄ちゃんは「僕なんか学校に行く途中に珍しい虫を見つけて三時間目になっていたこともあるよ」というあけすけに語るのだ。本当にいい家庭だと思う。

しかし、あれだけ野放図な毒電波を垂れ流す伊集院の一リスナーとして、こうしてまっとうな相談相手になっていることに目眩 (めまい) にも似た感動を覚えるのである。(了)

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父、亡くなる

父が亡くなった。

あまりにも憐れだった。今はまだ気持ちをうまく言葉にできない。けれども、私が幼い頃から父に感じてきたあの気持ち。それが今、自分の中に息づいていることを確実に感じ取っている。私の心根にできた皺の彫りはいよいよ大きくなり、深く陰影を刻み、ひだを持ち始めている。私もまた同じく憐れに死ぬのだろうか。

しばらくお休みします。

水曜日のダウンタウンで満たされる知的好奇心

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今、テレビプロデューサー・藤井健太郎さんの活躍に目が離せない。

リンカーン』『ひみつの嵐ちゃん!』などの人気番組のディレクターを経て、その後、『クイズ☆タレント名鑑』『テベ・コンヒーロ』など自身が立ち上げたバラエティ番組の演出・プロデュースを担当。現在は、『水曜日のダウンタウン』の総合演出を務め、「説の検証」という知的好奇心をベースにバラエティ番組に常識を覆すユニークな企画で風穴を空けてきたテレビプロデューサーである。

「説の検証」というスタイルを貫く本番組は、アカデミックで知的好奇心を満たす「内陸国海軍要らない説」であったり、はたまた本当にくだらない「布袋のギター あみだくじも出来る説」なども扱う。「説」は右にも左にも振れ、その振れ幅は自由自在だ。人は好奇心をベースにしたときにこんなにも〝コンプライアンス〟という名の制約から自由になれる。

過酷な旅を含む企画や、〝嘘つきモンスター〟ことクロちゃんを追う生活密着型の企画だったりと、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『電波少年』を彷彿 (ほうふつ) とさせるドキュメントバラエティの王道を往く番組だ。

そんな『水曜日のダウンタウン』。撮り溜めていた録画番組を消化していると、傑作に出くわした。その説は「徳川慶喜を生で見た事がある人 まだギリこの世にいる説」──。

徳川家15代将軍にして、政治の実権を明治天皇へと〝返上〟する大政奉還を行い、最後の将軍となったあの徳川慶喜のことだ。

徳川慶喜の護衛のために結成された親衛部隊・彰義隊 (しょうぎたい) が上野戦争で散って以降、徳川慶喜は謹慎を余儀なくされ、以降、駿府 (すんぷ) (現在の静岡) に移封 (いほう)。明治の世になり30年も経った頃、東京の巣鴨に移り住み、最後の棲家・文京区春日 (かすが) で1913(大正2)年に没する。享年・77歳であった。

2015年当時で、その徳川慶喜を生で見た可能性があるとされるのは102歳以上。インタビューに出演した先輩方は皆、徳川慶喜をもちろんご存知であったが、彼らが親しみを込めて「ケーキさん」と呼んでいたのは興味深い。旧軍人が天皇陛下を「天さん」と呼ぶような感じに思えた(といっても軍上層部に限られるだろうが)。

番組では、大河ドラマ徳川慶喜」の時代考証も務めた戸定 (とじょう) 歴史館館長の齊藤洋一氏の助言を受け、徳川慶喜が晩年を過ごした静岡、そして東京で調査を試みた。すると徳川慶喜研究の第一人者である彼でもアクセスし得なかった発見があった。

日本橋慶喜の行列を見た」という105歳の女性が登場するのだ。この証言は説を裏付ける間接的な証拠として紹介され、感動の嵐を呼ぶ。結果、この説は放送批評懇談会が顕彰 (けんしょう) するギャラクシー賞受賞に至った。

番組制作にあたって藤井健太郎さんは「リスクがないサラリーマンこそフルスイングすべき」という。ネタ出し段階で、成立しようがしまいが思いっきり面白いことを考え、そこから形にするまでの労力やハードルを飛び越えていく。そのひねくれのないテレビマン・スピリットは手放しで称賛したい。結果的にすっぽぬけたり、あらぬ方向に向かっていったとしても『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『電波少年』を知る世代がきっと許してくれるんじゃないかと思う。(了)

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試験と悪夢

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いわゆる暗記重視から思考力・判断力・表現力重視の出題形式に変わった「大学入学共通テスト」が全国一斉に始まった。共通一次センター試験に続く新しい制度で、実に31年ぶりの改革である。センター試験であればいわゆる「傾向と対策」がある。過去問を徹底的に洗うことで少しでも本番に備えることができるが、今年は受験生にとって何もかもが初めて尽くし。

ただでさえ、コロナ禍で緊張が張り詰める受験生。いつにない厳しい体調管理に加え、緊張を和らげるべく深く深呼吸をしたくとも、マスクは容易に外せない。彼らの気持ちはいかばかりだろう。

また、大学入試共通テストの導入にあたっても一悶着あった。本来導入予定であった国語と数学の記述式問題は、採点のばらつきを防ぐ策を示せずに中止となり、英語の民間試験活用も受験会場の有無などで地域格差が生じるとして撤回に至った。結局、一新はできなかったのだ。

私はセンター試験は幸いにして一回のみでパスをした。世界史や数Ⅰ・Aはとりわけ100点満点に近い高得点を叩き出したが、英語や国語は平均点をわずかに超える程度の成績だったと記憶している。

直前になって受ける大学を見定め、数Ⅱ・Bの試験を取り止めたことが奏功したかたちだが、私に一目置いてくれていた数学教師が本当に残念そうな顔をしたのは忘れられない。もっと上を目指せる、と何度も言われた。後悔といえば後悔だ。

両親は私の合格を祈願し、どこかの神社に必勝祈願をしたようだが、当時は「日頃の積み重ねがものをいう」などと思っており、神頼みなんてぼんくらがするものぐらいに思っていた。まったく、難関大学に挑戦する者だけが吐いて様になる台詞である。

とはいえ、その試験に苦々しい思い出が無いのは精神衛生上良い。

歌人斎藤茂吉は齢五十近くなってもなお、試験に苦しんだ経験を夢に見てこう詠んでいる。

 

試験にて苦しむさまをありありと年老いて夢に見るはかなしも

 

センター試験にこそ苦々しい思い出はなかったが、大学卒業の時の方がよほど怖い思いをした。

卒業論文までは書けているのに、卒業まで単位が足りていないのではないか? と不安に駆られて寝汗びっしょりという夢をよく見る。最後の二単位、教育学部で行われる美術史の講義にどうしても足が向かないのだ。日頃はとにかく授業をサボタージュし、日がな一日図書館で独学していたから、取っ掛かりのない美術史にはちょっとした苦手意識があったのだと思う。

とはいえ、その美術史の教授は、大学の意義について深い見識を述べていたことを今でも思い出す。大学教育の意義は、中学・高校を通して暗記で積み上げてきた「知識」の土台を崩すことだ、と。その「知識」がいかなる土台で積み上げられてきたものかを精査するのが大学教育の意義である、と教えてくれた。

政治学者・吉岡知哉さんは「考える」という営みは既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を疑うという行為そのものであり、その本質に反時代性・反社会性が宿る、と喝破している。大学とはそういうところなのだ。だから私の中では大学には「入ったもの勝ち」と思っている節がある。それは「考える」という行為が否応なく求められる場だからだ。その「構え」や「型」さえ身につければそれでいい。(了)

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だから僕は灯火が消えないように今歌う

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数ある音楽番組の中でもテレビ朝日関ジャム 完全燃SHOW』ほど独創性豊かな番組はないだろう。紹介する楽曲は洋の東西を問わず、ジャンルの垣根を超え、コード進行に分け入り、残膏馥 (ざんこうじょうふく) たる詩文に今日 (こんにち) 的な解釈を与えていく。

年始の恒例企画『プロが選ぶ年間ベスト10』も面白く拝聴させてもらったが、思いがけない楽曲に出会った。プロデューサー・蔦谷好位置 (つたやこういち) さんが紹介したピアノ・トリオバンド、Omoinotakeが2020年にリリースした「One Day」だ。

折しも緊急事態宣言下にある5月8日に配信された楽曲。

蔦谷好位置さんはこの楽曲をこう分析する。

 

「ボーカルの藤井レオは元ドラマーであり、その経験がメロディーの譜割 (ふわり) や歌のタイム感にも現れていて、グルーヴがあり心を踊らせてくれます。時代の流行をしっかりと取り入れたサウンドが特徴ですが、この曲はコロナ禍にあっても打ち込みで完結せず、メンバーでリモートレコーディングを行うなど非常に有機的でバンド感がしっかりあります」

 

この楽曲の白眉 (はくび) である歌詞についてはあまり触れられていないが、「コロナ禍にあっても打ち込みで完結せず」という分析には舌を巻く。そう、STAY HOMEと叫ばれる前からバンドであっても打ち込みで完結しようと思えば完結できる時代だった。

YouTubeで初めて聴いた時は涙が出た。

Aメロ/Bメロは、このコロナ禍にあって世界が明確に変わってしまったことに対して、誰かのせいではないとわかっているけれど、他罰的になることに心や身体が勝手に動いてしまうことを率直に歌う。けれども、その他罰的な思考に陥る感情を断ち切るかのように、自らはどうするべきかを決断する。そこにBメロの助走から、決断のサビにいたるまでのメロディーの感動的なまでの飛躍がある。

 

♪だから僕は灯火が消えないように/今歌うからNever let you down/delightしたい未来想い続けるよ

 

その彼らの〝思いの丈〟に感動するのだ。音楽が誰かの心の支えになることをきっと彼らは信じている。この楽曲のMVを見ていても思うことだが、彼らの路上ライブ時代の写真がKodak カラーネガフィルム「PORTRA 400/800」を用いて挿入されるという演出があるが、音楽がいつの時代であっても〝有効〟であることをフィルムカメラというオールドメディアを以て証明しているかのようだ。

 

今、音楽に携わる方々の未来が危ぶまれている。先ごろ、文化関連団体が俳優や音楽家などを対象にアンケート調査を行ったところ「コロナ禍で死にたいと思ったことがあるか」という質問に対して実に三割以上が「ある」と回答するなど、彼らの厳しい現状が浮き彫りとなったニュースが話題になった。音楽とのつながりを断ち切ってはいけない。きっとゆくゆくは自らの心を蝕 (むしば) んでいくことになる。(了)

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